T部 10.オルガン・ピアノが勝手に弾ける


10.オルガン・ピアノが勝手に弾ける
                  声で聞く→先生のお話8

 それから、その次の第三枚目。これはこういうことでね。私は、実はこれ、まず
最初のあることばね、”為せばなる・・・”という。私これは、子供の時これが大好
き。小学校の時これが大好きだった。ところが岡山へ行きまして、私自身の今
から一世前の名前が分かったわけ。そしたらある人がこれ持ってきてくれまし
て、「あなたが三百八十年前の、あれが見つかりましたよ」と言うて、これ持って
きた。

 このことば、私が子供の時から大好きだった。これは自分が三百八十年前に
ね、これ、やったことばがあったわけです。こういうことからですね、ちょうど一昨
年です・・・。私は、先ほど言いました子供の時、小学校一年・二年から腹式深
呼吸やっておりました。その腹式深呼吸をやってるうちに、ある日、急にです
ね・・・。私の家にはピアノ、オルガンなんにもない、山奥です。ところがその私
にですね、小学校へ行って勝手に手が動いて、演奏ができたわけね。

 初めオルガン弾いた、今度はピアノを弾いた。私が今から三百八十年前に演
奏した曲を、ふっと浮かんできたわけ。その曲を勝手に演奏した。私、ピアノも
オルガンも稽古したことない。勝手に演奏できたわけ。そんなことが小学校三
年生の時にあったんです。それを、一昨年ふっと思い出しまして、「そうそう、私
が死んでしまえばこの曲がなくなる」と言って。ほいで、一昨年ですね、それをで
すね楽譜に写した。自分で書いたわけです。

 そうしますと、ちょうどそこへ、そういうことの専門家の人が入ってきまして、私
の楽譜を見るなりね、「これ、どうしたんですか」と言うわけですよ。私は音楽関
係ない。ところがその曲は、もうキチーッと正式な、正式に作曲してあったそうで
す。私はそんなん勉強したこともなんにもない。でも、勝手に作曲ができたわけ
ですね。

 それを・・・。去年の八月二十七日にある音楽家が来て、「これをひとつ、いっ
ぺん演奏会やりましょう」ということになったわけですね。そして、その演奏会を
やった。私は、まさか自分が弾くとは思わなかった。それ、専門家がみな、私の
曲演奏してくれるわけです。ところがですね。いよいよその音楽会が始まります
と、司会者が私を上へあがった。舞台へあがった。そしたら、その司会者がで
すね、「政木先生は、このように音楽もなんにも知らない、勝手にこんな作曲が
できました。ほいで、なんかお聞きしたらですね、オルガン・ピアノが勝手に弾け
るそうです。ちょっと実験をやって下さい」と言うて。

 実験をやったときに弾いたすばらしい演奏は、私は知らない。私がピアノの前
に座りますと・・・。普通鍵盤大きい、その鍵盤が小さくなったことを私が意識し
ている。小さくなってしまった。勝手に演奏始まった。私はなんにも分からない。
後、その日の晩に帰りますと、私の息子が私のピアノの演奏やってるのを、あ
れ撮ってくれたわけね。ビデオで。 見ますと、手が頭の上高くあがってる。そこ
から弾いてる。すごい演奏。「全員が泣きました」と言うてました。私が弾いた後
も、「あとから弾いた一流の演奏家のピアノが、あとの音楽が、頼んなくて仕方
がなかった」というように言うてました。

 ほいで、私がピアノを弾いて、演台から降りますと中村和尚の奥様が来てらし
て、「そばへ来い」言うたら顔が涙いっぱいだったですね。ほいで、その人に、
「今の音楽・・・」、ね、和尚の奥さんが、「今の音楽はどうしたんですか」言うた
ら、私は、「何も知らない。ただピアノの前に座りますとドイツ人の音楽家の霊が
後へやってきたことは知っております。それが勝手に弾いたんでしょ」と言うて
ました。「そうよ、あの演奏は日本人の演奏じゃないですよ」 とおっしゃってまし
たね。

 そしてその時だったんです。向こうの方から、テーブルから、「政木先生、来て
くださーい!」「観音様が発生しました」ということが。私がピアノを弾いておりま
すと、13番テーブルに観音様が発生やっとったわけですね。そういうありえな
い事が、去年八月二十七日も起こったわけです。この音楽はですね。あとか
ら、時間があったら、テープレコーダちょっとあり ますから、お聞かせしますけ
ど。まあ、こういうこと。


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